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【ネタバレ感想】さよならの朝に約束の花をかざろう

映画「さよならの朝に約束の花をかざろう」のネタバレがあるので、まだ見ていない方は回避推奨。

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 この土日で2回観てきましたよ。さよ朝こと映画「さよならの朝に約束の花をかざろう」。人間関係を描かせたら一級品の脚本家、岡田麿里の初監督作品。

「あの花」はそうでもないけど「ここさけ」は好きだったので、監督やると知って楽しみにしていた。2月の序盤に公開したコードギアスの第2章を見に行ったときに初めて予告編を観たのだが、「これは凄いのが来るぞ」っていうのがビシビシ伝わって俄然期待値が高まっていた。そしてそれをちゃんと超えていってくれた。

 濃厚なハイファンタジーを久しぶりに観た。中世・エルフ・ドラゴン・戦争。終始ロードオブザリングを観てるみたいな感覚だった。どうしても邦画実写だとSFとファンタジーは難しい(ハリウッド級の予算がないと厳しい)ので、アニメーション映画だからこそ描ける本格的なファンタジー。良いね。
 ただちょっと辛かったのは名前。聞き慣れなさすぎて一週目は全然覚えられなかった(視聴後の感想でも「梶くん」とか「杉田の人」とかで意見交換していた)。二週目は直前にパンフレットでばっちり予習していったので大丈夫だった。
 名前を覚えたおかげで、序盤でとっさに名前が思いつかなくて見ず知らずの赤ん坊に幼なじみのレイリアの名前をつけようとするマキアの可愛さ(ネーミングセンスの無さ)に気付けた。んでエリアルのリアはレイリアのリアというのも2週目で気付いた。趣深い。

 ちなみに1回目の救出作戦の時は完全にNTRの気分だった。ちょっと吐きそうになった。あえてそのシーンで表情が映されないクリムの心境を考えると辛い。屋上でレイリアの告白をどんな気持ちで聞いていたのだろう。  というかクリムが全体的に可哀想すぎた。2週目は完全にクリムに感情移入していたのだけど、彼の視点からだと本当に悲惨な物語である。彼はただ奪われた大切なものを取り戻そうとしただけ。すべてをかけて愛する人を助けようとしただけなのに。特に1週目の襲撃に失敗した夜に、大切なものを守れなかった過去を後悔しているような言動をしたシーンと、最後にレイリアに拒絶された時に見せた苦悶の表情が切なすぎた。 ちなみに2回目の襲撃の際にクリムは死んだと思っていたので終盤で再度出てきた時は驚いた。2週目観てみると、窓…

読書感想文:証券アナリストのための企業分析

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(前回その2に続くと書いて続いてない。いつか書きます。)

「証券アナリストのための企業分析(第4版)」を読み終えた。
細かい数字の確認は結構とばした。
読んだ経緯 証券アナリストの資格試験の参考書みたいな位置づけだった気がする。証券アナリストに受かると会社からお金が貰える(っていっても受験にかかるお金との純額は芳しくない)のが理由という訳ではないのだが、多少は箔が付くと思って講座を申し込んだ(が結局大して勉強しなかった)。教科書を処分するにあたってせめて何冊か読まないと悲しいと思って読んだ一冊。

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概要 証券アナリストはどういう役割を果たす人かとか、具体例を通した3つの会計基準(IFRS、米国基準、日本基準)の比較とか、ROA・ROE・EPS・回転率・負債レバレッジとかの定義とその具体的な分析とか、基本的な株価モデルの紹介とか、なんだかそんな感じの事が書いてあった。入門編という感じ。

新たに得た知識・IRはInvestor Relationの略
経営企画部との話でIRという言葉が良く出てきていて、意味もなんとなく理解していたが何の略語が初めて知った。決算業務に携わってるのに多分知らないのがおかしいレベル。業績予想・中期経営計画と実績に差が出たときのIR担当は本当に大変そうである。

・Selective情報開示とDifferential情報開示の違い
Selective情報開示は特定の人にだけ便宜を図って情報を教えること。インサイダー取引として厳しく規制される。Differential情報開示は、「同じ事を質問されれば、同じ事を答える。質問しなかった人にはわざわざ教えない」で、鋭い質問が出来る人だけ情報が手に入るしくみ。こっちは認められてるらしい。

・証券アナリストは何をしてるのか
株式・債券を発行している発行体(企業等)の過去分析や将来の利益予想をして、投資すべきかどうかの判断をレポートとして提供する人。投資家は投資行動を決める際にアナリストのレポートを参考にする。

気になった点・「資金提供者が求めるリターンを、期待収益率と呼ぶ」
それはハードルレートでは・・?期待収益率の期待は確率論の期待値(平均値)から来ているので別にお金を出してる人がどう思ってるかは関係ないと思う。

・「バランスシート(BS)という呼称からもわかるように、勘定式の貸借対照表では借方と貸方…

WHITE ALBUM2のかずさTrueがグランドエンディングだと主張したい(その1)

【注意】この記事には株式会社アクアプラスのゲームブランドLeafが発売したアダルトゲーム「WHITE ALBUM2」に関する重要なネタバレが存在します。これからプレイする予定の方は回避推奨。
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Twitterとかで見てると多数派が知っているのでは!?と簡単に錯覚してしまうが、多分世の中的にはごくごく一部であろう界隈で有名なPCゲー(オブラートに包みたい時にこう言う表現を使うが、いわゆるアダルトゲーム。つまりエロゲー。)で「WHITE ALBUM2」という作品がある。
別にエロゲー史に詳しい訳ではないので感覚で述べるが、2000年前後くらいからエロゲーはBGM・CG等の演出やシナリオで感動を起こす事に主眼を置いた「泣きゲー」と呼ばれるジャンルが成立した。他にも「鬱ゲー」「燃えゲー」など色んな分類があったりするが、とにもかくにも2000年代はエロ薄め・シナリオ重視の作品群がたくさん作られた。
・18禁だから(ほぼ)どんな表現でも許される ・ビジュアルノベルは低コストで作れる(た)
などのハードルの低さから、(登場人物の年齢が著しく偏っている事を除けば)それはまぁ色んな作品が生まれた。そんなシナリオ重視の作品群の中で、2010年(序章)・2011年(終章)発売と、そのジャンルとしては割と後発の作品として作られたのが「WHITE ALBUM2」である。
2と呼ぶからには1があるわけだが、これを書いている人は前作「WHITE ALBUM」をプレイしていない完全なるニワカなので詳しくは語ら(れ)ない。吉成作画を見るためにアニメは見た。
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↓本題とはまったく関係ないが、WHITE ALBUMのアニメは吉成鋼というアニメーターが描いているシーンとそうじゃないシーンが別アニメ過ぎる事で有名な作品である。
「White Album 8話 吉成鋼」 / YouTube https://www.youtube.com/watch?v=Mc1jg-lVFUI
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「浮気」をテーマとした作品であり、各ヒロインとエンディングを迎えるためにはゲームの最初から付き合ってる彼女と別れる必要があるというヒドい仕様である。続編である「WHITE ALBUM2」ももちろんその要素を取り入れている。
理由は色んな人が色々と語っているのでその辺は詳しい人にお任せするが、「WHITE A…

世界の認識について私が思うこと(仮)

多分どうしようも無いほどまとまりのない文章になる。
アウトプットの練習なのに人が読むことがちゃんと想定されていないのはヒドい。
目に映る風景について 自分の目に映っているものでさえ、自分が良く認識できていないという事を最近強く感じる。「最近」というのがいつからかは自分も良く分からないが、スマホのデジタルな画面に対して日々感じている個人的な危惧が積み重なった結果なのかもしれない。

世界はたくさんの情報に満ちている(「情報」という機械学習の文脈で情報量という概念が出てきたので本当はもう少し丁寧に述べるべきなのかもしれないが、そんなに真面目に考えたこともないので情緒的に述べる)。しかしスマホに映し出される情報はデジタル化(量子化)された情報(だからこそ簡単に送受信できる)だ。

いつかのある日、ふと目を上げてスマホから目を離したとき、目の前に広がる情報の多さに圧倒された事がある。スマホどころかゲームボーイの画面がカラーじゃない時代から生きている人間なので、昔は当たり前のように見ていた風景のはずなのだが、いつのまにか手のひらにある装置に気を取られて視界から消えていた。

絵を描くようになった事も大きい。

絵の練習にあたって、とても大きな比重を占めるものとして「観察」がある。例えば他人のイラストを15分くらいひたすら入念に観察する。やってみるとわかるが、非常にたくさんの発見がある(もちろん絵を描いているからこそ気付く点もたくさんあるので、まったく絵を描かない人が同じような発見があるとは限らない。ちなみに、それは自分自身にも言えることで、3Dモデリングをやっているひと、アニメを描いたことがあるひと、油絵をやってる人は、私とはまた違ったたくさんの気づきを得るのだろう)。

観察という行為は実際に絵を描くのに匹敵する、あるいはそれ以上の訓練になるとの主張も見たことがある。個人的な実感としては同意する。

少し脱線した。

何が言いたいかというと、他人のイラストを観察したことの延長線で、目の間に広がる風景をイラストにするつもりで観察すると驚くほど多くの発見があった、という事だ。
スマホから目を離したときに大きな衝撃を受けたのは、そういった下地があった事も強く影響したのかもしれない。

そういう意味では昔に日常的に見ていたときよりも多くの情報を受け取っている部分もある。ただ子供時代にはかなわない…

本日のお買い物

続ける為に簡単な記事を書くと決めたので簡単な記事を書く!

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今日のお買い物@神保町は以下の二つ

パターン認識と機械学習(上)統計的因果探索 最近は機械学習にハマっているのが丸分かりのラインナップ。
上は機械学習で定評のある入門書。
下は相関関係ではなく因果関係をどのように推定するか?という話らしい。勧められるままに買った。

現在進行形でPythonの本とか深層学習の本とか何冊も並行して読んでるので完全にキャパオーバー感は否めない。MBAの本とか哲学書とか読んでる暇ないかも。でもなにより冬コミの原稿が一番やばいのである。




ねこのしっぽの締め切りまであと2週間。。(白目

終わり。

大切な約束は守られなかった。 ~結城友奈は勇者である~感想(勇者の章第1話)

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(2017/11/26 追記)
総集編が挟まった関係もあり、勇者の章第1話を2期8話ととらえるか2期7話ととらえるかという問題があるみたいなので、今後は公式に準じて勇者の章第○話という表記にしたいと思う。この記事は2期8話=勇者の章第1話として書かれるので注意。

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遂に勇者の章が始まった。
鷲尾須美の章(1~6話)は劇場版3部作で先行上映していたものを既に見ていたので、1期の総集編(7話)を経て、ここからが本当の意味での新作になる。

結城友奈は勇者であるとは? ここに辿り着くような人には既知の事実だと思うが、一応復習がてら「結城友奈は勇者である」について簡単に振り返ってみよう。

「結城友奈は勇者である」はアダルトゲームブランド『みなとそふと』のシナリオライター・タカヒロによる『タカヒロIVプロジェクト』を構成する「勇者である」シリーズの作品である。

狭義にはオリジナルアニメである「結城友奈は勇者である~結城友奈の章~」(1期)およびその続編である「結城友奈は勇者である~勇者の章~」(2期8話~)を指すと思われるが、広義には劇場版の先行上映を経てTV放送(2期1話~6話)されたノベル「鷲尾須美の章」を含む場合や、外伝作品である「乃木若葉は勇者である」等を含む「勇者である」シリーズの代名詞として使われる場合もあるようだ。

「勇者である」シリーズは、人類を突如襲った災厄から神々の力によって守られた四国を舞台に、四国を襲うバーテックスと対抗するために選ばれた少女達の戦いを描いた作品である。

鷲尾須美の章を知るのが遅すぎた。。 「鷲尾須美の章」の存在は劇場版で初めて知ったが、元々は鷲尾須美の章が先行して連載を開始していたらしい。1期のTV放送中に原作が完結することで、微妙に世界観の異なる二つの物語を収束させるという面白い構成だったようだ。

この点は完全に乗り遅れた感が否めない。時間よ巻戻れ。。!!

---以下2期8話他、勇者シリーズのネタバレあり---
















――――いるはずの人がいない。

忘れないとあれだけ強く約束した人の事を忘れていたのは、友奈自身にとっては結構ショックな事ではないだろうか。
1期で東郷さんが暴走した理由は、なによりも戦いを続ければ友奈に自分のことを忘れられるかもしれないという恐怖だったように思う。


大切な存在の記憶を失ってしまった東郷さんにとっては…

人は算術と幾何学のみをすべきか?【精神指導の規則 第二規則】

もう前回いつ開催したか思い出せないくらい時間があいた(前回のレジェメの保存日が2017/9/2だ)が、めでたく無事に第二回が開催された「精神指導の規則」の読書会。

精神指導の規則とは精神指導の規則 (岩波文庫 青 613-4)
デカルト
http://amzn.asia/4XCQLKq




「精神指導の規則」は あのCogito ergo sum(我思う、ゆえに我あり)で有名なデカルトの未完の著作(論文)だ。方法序説に比べると知名度は劣る感は否めない(自分もこれを読もうと提案されるまで存在すら知らなかった)。
テーマは「学問(研究)に対してどういう態度で臨むべきか」という感じだろうか。さらっと読んだだけなので全然間違っているかもしれない。規則の提示 → 数ページの解説を繰り返す少し独特な作風だ。未完なので終盤に至っては規則の提示だけで解説すら消滅するが。
岩波文庫は絶版してるので入手するのも大変で、神保町をさんざん探し回った挙句、結局Amazonで入手して良く分からない敗北感を味わった。
岩波文庫の解説によると、「『規則』は一時にすらりと書かれた論文ではなくて多くの異なった時期にできたいくつかの断片の集まり」(第43刷、P160)という事らしい。デカルト自身の思考の変遷もあり、一応規則に順番は付いているが、完全に一つにまとまった著作というわけでは無いようだ。
そもそもなんで読書会? 「本の読み方がわからない」という悩みからスタートしたのだが、古典の読み方について書かれた「読書と社会科学」(岩波新書・著:内田義彦)によると、どうも読書会というのをやると良いらしいと書いてあった。
といっても読書会なんてやったことないので、科学史専攻(博士課程)の知り合いに頼んで一緒にやって貰うことにしたという経緯。レジェメなんて初めて作った。
一緒にやってる人はガチ勢だから背景知識が半端ない。本に書いてない時代背景とかをいっぱい教えてくれるし、ラテン語版も同時に読んでいて翻訳がイマイチとかそういう話もしてくれる。頼もしい。
肝心の内容は 残念だがここまでで力尽きてしまった。余白が狭すぎることにしておこう。 要約すると規則第二は
算術と幾何学ぐらい(それ並みに厳密な学問)しかやっちゃダメだよ!
っていうことらしい(雑なタイトル回収)。次回はもうちょっと内容に踏み込もう。。
終わり。